「はじめちゃん、こっちこっち」

大船撮影所に戻ると、神崎が先に通路を走って先導した。地下通路の間に隠し扉があり、そこにエレベーターのようなものがある。一瞬、体に光のようなものが当てられたのは、隊員の識別のためのスキャナーであろう。

「じゃ、レディーファースト!」ハッチのようなものを開けると、神崎ははじめを突き飛ばしてエレベーターの中に入れた。

「ちょっとぉ!」

戸惑うヒマもなく、はじめの体がカプセルに包みこまれ、瞬時に何かに覆われたかと思うと、ハッチが開いて、転がるように外に出された。

「やっほー、よく似合ってるよ、宇宙組の戦闘服♪」

「え?」

よく見ると、自分がさっきと違う服になっていることがわかった。神崎も、泥がきれいに落とされて、同じデザインのものを着ている。どうやら、これが宇宙組の戦闘服らしいということがわかって来た。

「最新型のパイロットスーツ装着機でね、瞬時に身体の洗浄、対ショック加工などもやってくれる。もちろん、神崎重工製ね♪」

「ここは?」

「地下500メートルの所にある、帝国華撃団大船司令部。」

「あの一瞬で、そんなに潜ったの?技術ってすごいのね」

「なに、おノボリさんみてえなこと言ってるんだ」

いきなり割り込んだ声の方を向くと、桜田が立っていた。やっぱり戦闘服である。ようやく、はじめは、この青年達が特殊な部隊の隊員達であることを実感できた。

「そーいえば、その女ったらしに何もされなかったか?」

桜田は神崎の方を一瞥して言った。

「ヒドイ言い方だな」

「例えば。そのシューターはシリアルを解除するとモニタリングできるんだが・・・・・」

「そうそう。コマ送りで見た場合・・・・」

「・・・・・・・・・・」はじめは、今着ている服をじっと見て、プロセスを想像してみた。

「このドスケベがぁっ!」

はじめは神崎を反射的にどついた。

「やだなぁ、やってないって、まだ!」

「まだとは何?どーゆう意味?あーもうケダモノどもが!」

「おい、ケダモノはそいつだけだ、一緒にすんな」

「はいはい、朝日奈さん、落ちついて」

後からやって来た友之の落ちついた一言で、一同はようやくおさまった。

「パスコードは開発者の僕しか知らないんだから、だいじょうぶだって」

「それなら安心かも・・・」

「なぜそーなる!」

ボコボコにされた神崎と桜田が一斉につっこんだ。

「そんなことより、状況はどうなってるの?」

「それが、よくわからないんです」

友之が、司令室のような部屋に向かって歩き出したので、一行もそれに従った。

奥のブリッジには、インカムをつけた倉田、ぼたん、かなえが座っていた。前方の大きな3次元ホログラムには、レーダーが投影されている。

「お疲れ様です、朝日奈さん」

倉田が振り向いた。オペレーターの3人共、もう緊迫した軍人の顔だ。

「第五十六部隊は、横須賀沖上空に突然現れ、こちらに向かって急速接近したかと思えば、いきなり停滞してしまいました。通信にも応じません」

「現在の映像です」

ぼたんが、ディスプレイを表示させた。その機影には、はじめもよく見覚えがあった。

「間違いない・・・・・第五十六部隊・・・左翼の先端を青く塗っているのが特徴よ」

はじめが目を細めた。

「しかし・・・・・・・先日の出撃で、彼らはレーダーから消失し、機体の残骸も回収済みです!まさか、・・・・・・・」

幽霊、という言葉を、倉田は飲み込んだ。

「ありえない話じゃないわ。さっき、神崎くんも私も変な体験をしたのよ、ロケ現場で」

「うん、小さな女の子が現れて、僕等を威嚇したように見えた。はじめちゃんが銃を発砲したら、その場で溶けていなくなった」

「こえぇー。っていうか、よくそんな見た目ですぐに発砲できるな?これだから軍人はイヤなんだ」

桜田が吐き捨てるように言った。

「よせよ、桜田くん。事実、僕は、彼女の判断がなかったら、死んでいたかもしれないんだ」

「・・・・・・・・」

桜田は、神崎の言葉を聞く前に押し黙った。はじめが、見ている者の方の心が締め付けられるような、哀しい横顔をしていたからだ。

「事実は事実として、受け止めるしかないだろう。やられる前にやる、それが戦争だ」

奥の方から、ユーリが歩いて来た。押し殺すような声だ。

「朝日奈中尉は、それがわかっていらっしゃる人だ。素人が偉そうな口をきくな」

「人殺しの経験が、そんな偉いのかよ!」

売り言葉に買い言葉で、桜田がユーリに食ってかかった。

「偽善だ」ユーリはチラリとも表情を変えずに言った。

「てめえ・・・・!」

「やめなさいあなた達!」

バチッ!

桜田がユーリに殴りかかろうとしたその時、はじめが割って入った。それがあまりに速かったので、桜田の出した拳は勢いを止められずに、はじめの頬にかするようにヒットした。それでも、はじめは倒れずに、その場に踏ん張っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・お願い。仲間内で罵り合っていると、死ぬわよ・・・・・それだけは・・・・・・もうイヤだから・・・・・・・」

うつむきながら、はじめはそっと、痛んだ頬に手をやった。

「・・・・・・・・・・・・・」

全員が、沈黙した。

そこにいる全ての者が、自分の心の中で、ごとりと動くものを感じた。

「あの・・・・・俺は・・・・・・」桜田は自分の手をじっと見た。はじめと目を合わせられないからだ。

ユーリも、神崎も、友之も、はじめの言葉に並ならぬ重みを感じ取っていた。

しかし、それを切り裂くように、警報が鳴った。

「第五十六部隊、本部に向かいミサイル一斉射撃しました!」

「!」

「防壁展開、迎撃ミサイル発射!」

「やってます!」

かなえがキーボードを叩いた。

柳田が司令室に慌しく入ってきた。

「みんな、聞いてくれ。全会一致で、不審機として第五十六部隊の撃墜命令が出た。たったいまだ。総員第一種戦闘配置!」

「撃墜って・・・・・そんな、味方機だったのに・・・・」

ぼたんが絶句した。

「現に、こちらに攻撃してきた。敵に機体を乗っ取られた可能性だってある。そして、朝日奈はじめ中尉以下、帝国華撃団宇宙組に出撃要請だ、やってくれるね」

「了解しました」

「っておい・・・!なにあっさり了解してんだよ!味方だったヤツ殺せってのか?」

「神奈川全域が火の海になるのを見たいのっ!?」はじめが桜田に一喝した。

「・・・!」桜田はさっきのこともあって、それ以上何も言えなかった。

はじめは、じっと全員を見渡すと、凛とした表情で言い渡した。

「これより帝国華撃団宇宙組は出撃する!目標は帝国空軍第五十六部隊!以上、各員出撃準備に入れ」

「了解!」全員が咄嗟に緊張した面持ちになった。それくらい、今のはじめには威厳があったからだ。

「朝日奈さん、僕がハンガーまで案内するよ。白蓮はきちんと、あなた用にメンテナンスしてフル装備にしたから、今度は大丈夫だと思う」

「ありがとう」

友之についてハンガーまで走って行くと、白い機体が見えた。もう、あの時のような異常さは感じない。リフトを使ってコクピットのシートに座ると、計器に灯が入り、壁に外部の映像が投影されていく。

正面のメインモニタには、「WELCOME TO SERAPH SYSTEM」という画像が映し出されている。

「本当に、AIが複雑な制御をここまでオートに処理してる・・・すごい機体ね」

はじめはパネルを素早く操作して発進態勢のモードにシフトさせると、信号に従い、機体をエレベータに載せた。

倉田がディスプレイに映った。

「ランプ点灯3秒後に機体を一気に地上へ射出します。軽くGを感じるかもしれませんが、中尉くらいの腕前なら大丈夫っす」倉田は数種類のパネルを手早く操作しながら、明るい表情で言った。

「さっき、かっこよかったっすよ!がんばってくださいね!」

「いってらっしゃい!」

ぼたんも、無理矢理、倉田の通信画面に割り込んできた。

「ありがとう」

はじめも笑顔で返した。

「じゃ、発進どうぞ!」

シグナルが3カウントを取ると、一気にエレベータが高速で上昇した。

「・・・・ん!」

確かなGを感じたが、汎用機に比べるとそうでもない。なるほど、流石に最新型だ、とはじめは感心した。地上に射出されると同時に、両翼のジョイントが液体金属となってしなやかに変形し、さなぎのように機体を覆い、それにタイミングを合わせ、はじめは一気にメインブースターを吹かせた。それだけでかなりの高度まで上昇する。それの起こす熱の陽炎の向こうに、不気味な沈黙を続ける第五十六部隊が見えた。

「・・・・・・・・・・こんな事になるなんて、よっぽど腐れ縁なのね・・・・・・山本大尉・・・・・・」

はじめは、目を細めて呟いた。

白蓮の翼が、空を切り裂くように展開した。

 


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