はじめはどんよりとした気分で目を開けた。
 
どのくらい眠ったのだろうか?
 
はじめは知らないシーツの感触で、
 
ここが自分の全く知らないベッドであることを感じた。
 
全身に力が入らない。
 
 
 
桜木町が戦場になってしまうなんて、なんて夢だったのかしら。
 
それに、あの超無礼な奴はなんだったの。
 
「まだ安静にしていた方がいいよ」
 
メガネをかけた優しそうな青年の顔が、天井の蛍光灯の
 
光を遮った。
 
 
 
あれ。
 
 
 
はじめはそこで、
 
さっきまでの出来事が夢でなかった事を実感した。
 
「・・・・・・・・・ここは?」
 
「今日からあなたの部屋になったところだよ」
 
「あたしの部屋?」
 
はじめは上体をゆっくり起こした。
 
「なんか・・・・すごくよく寝たカンジ・・・・・」
 
「まったく呑気なもんだよなー。
 
あれだけのことの後でよく寝たもないもんだ」
 
「うっその声は・・・・・」
 
はじめが横を見ると、桜田がベッドのすぐ側の壁に
 
両腕を組んでよりかかっている。
 
「あーなんかオマエのボケ顔見たらこっちが眠くなって来た。寝よ寝よ」
 
桜田は軽く伸びをして、部屋から出て行った。
 
窓を見ると、すっかり闇に包まれている。
 
大分夜中のようだ。
 
「まったく、なんなのあの態度は・・・・・」
 
「そう怒らないで。あれで大分心配してたよ、あなたのこと」
 
メガネの奥の友之の眼が暖かく笑っている。
 
「あいつがぁー?」
 
はじめは、ねぼけまなこをこすった。
 
「桜田君、さっきまで全然落ち着いてなかったよ。
 
もーうろうろしちゃって、起きないんなら水でもかけろとか
 
アタマ打ってますますバカになるんじゃないかとか」
 
「そ、それのどこが心配してたってのよー。失礼ね・・・」
 
「それに、桜田君がここまでかついで来てくれたんだし。」
 
「げ。なんかヤダ」
 
はじめは赤面した。心の中では桜田に感謝したいのに、
 
口から出るのは悪態ばかりだ。どうしたんだろう、
 
あたし、こんなに嫌な奴だったっけ。
 
「まあまあ。あとね、ダメ押しはこのひどくいびつなおにぎり」
 
友之はタッパーを差し出した。中を見ると、
 
何やらノリのはりついた、でかい野球ボールのような米の
 
固まりがあった。
 
「夕飯の時間になっても起きないから、腹が減るんじゃないかってね、
 
桜田君が作ってくれたんだよ」
 
「・・・・・・・・・・」
 
まるで彼の不器用ぶりを具現化したようなおにぎりだ。
 
おにぎりってのは人によってこんなに個性が出るものなのか。
 
そう思うと、はじめは笑いがこみあげて来た。
 
「ね、あれで結構いい人なんだよ。誤解されやすいけどね」
 
「そうね・・・・でも、友之君・・・・でいいのかな」
 
「そう呼んで構わないよ。香田だと僕にとっては
 
ややこしいんで」
 
友之が顔を曇らせた。
 
「香田って・・・・もしかして・・・」
 
「僕はこの部隊に配備されている
 
SS搭載の新型光武の開発者、香田英一の弟なんだ」
 
「そうだったんだ・・・・・」
 
「でも兄と僕は関係ないから」
 
「わかったわ。これからよろしくね、友之君」
 
はじめは大体の察しがついたので、穏やかな表情で
 
語りかけた。
 
「よろしくお願いします、朝日奈さん。
 
あ・・・すみません朝日奈中尉」
 
友之ははじめの階級を急に思い出して、
 
言葉を正した。まったく、はじめは言われなければ
 
軍人に見えない子供っぽい顔なので
 
友之はすっかり忘れていたのだ。
 
「朝日奈でいいよ、呼びやすいようにどうとでも呼んで。
 
それに、そういうことにこだわらないのが帝国華撃団でしょ。
 
桜田君にさんざん口悪く言われてもう慣れちゃったわ」
 
「そう?よかった、僕は、もっとコワイ人が来るのかと
 
思っていたもので、つい朝日奈さんを見ると安心しちゃって。」
 
「そお?」
 
「正規軍の一部には華撃団はよく思われていないという噂も
 
聞いたので」
 
「まあ、世の中には常にあることよ。気にしてもしょーがないわ」
 
確かに、軍上層部の一部の協力者により莫大な予算を
 
開発に注ぎ込まれる帝国華撃団に、眉をひそめる意見が
 
あるのも確かだ。
 
「ところで、桜田君はああだから、
 
あなたに聞くけど・・・・あたし、どうして急に倒れたりしたの?」
 
「白蓮はSS搭載の光武の中でも、一段とパイロットの霊力が必要で、
 
パイロットの霊力の消耗も激しいんだ。
 
普通はそれをAIがサポートするんだけど、
 
急な起動でAIも十分に機能していなかった。
 
霊力の負担が重くなって、
 
それで体力的にも疲労が限界に来たんだと思う」
 
「そう・・・それにしてもかっこ悪い初陣になってしまったなー」
 
「それは違うよ。僕が白蓮の装備を完全にしてなかったから・・・
 
整備主任でもある僕の責任なんだ。
 
朝日奈さんはあの装備でよくやったよ。初めて乗ったのに
 
あいつの良さをかなり引き出してる」
 
「たはは・・・ありがとう、友之君は優しいね。
 
ところで、さっきから聞こうと思っていたんだけど、
 
そのヘンな動物は何?」
 
はじめは友之の膝に寝そべっている黒い小さな動物に
 
目をやった。コウモリのような羽、猫のような毛、
 
トカゲのようなしっぽ。しかも目つきは悪い。
 
どんな動物なのか全く見当がつかない。
 
「ああ、これ。一応僕は、ココって呼んでるけど」
 
「いや、そういうことじゃなくって」
 
「新種の降魔だよ」
 
「へっ??」
 
「捕獲した降魔の遺伝子を操作して誕生した
 
生物の一種なんだ。恐怖と憎悪を取り除いてやれば、
 
こんな感じになる。兄の研究の一環らしいよ」
 
「へぇぇ・・・・」
 
ココは、欠伸をすると、はじめの膝に乗った。
 
「目つきは悪いけど、結構かわいいわね」
 
はじめはおにぎりを少し割って、ココにやった。
 
ココは小さな手を使ってそれを食べはじめた。
 
「めずらしいな。初めて会った人にこんなになつくなんて」
 
「そうなの?」
 
「認められたってことだね」
 
「あたしが隊長として認められるのも、こんくらい
 
簡単だったらいいんだけどね・・・・」
 
「大丈夫。きっとみんな朝日奈さんのこと好きになるよ」
 
「そう?」
 
「明日になったら、みんなに会えると思うから」
 
「だといいけど・・・・・」
 
「みんないい人達だよ。ちょっと素直じゃなかったり変だったりするけど」
 
(それが不安なのよねぇ・・・・・)
 
はじめはちょっと気が重くなった。
 
「じゃ、ゆっくり朝まで休んで。ココ、おいで」
 
友之は肩にココを乗せると、部屋から出て行った。
 
「・・・・・・・」
 
誰もいなくなると、はじめは自分のおかれた状況が
 
かなり変わってしまった事に思いをめぐらせた。
 
暗い部屋に時計の秒針の音が鳴り響いた。
 
「友之君に聞くの忘れたな。あの声のこと」
 
はじめはつぶやいた。
 
白蓮のコクピットに乗った時に聞こえたあの声。
 
 
 
私はあなた。あなたは、私・・・・・
 
 
 
はじめは頭をふった。
 
「そういえば、お腹すいた・・・・」
 
そういえば、朝からろくに食べていない。
 
はじめはタッパーを開けておにぎりを食べた。
 
シャケの切り身のかけらが大胆に入っていて、
 
まだ温かかった。 
 
「結構おいしいわね。見た目は雑だけど・・・」
 
 
 
朝になれば、もうちょっとなんとかなるか。
 
 
 
はじめは食べる事に専念することにした。
 
 
 
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