騒乱が収まると、はじめはやっと自分の置かれている
状況に気が付いた。辺りには料理と家具がばらばらに散乱し、
逃げる人々に踏み潰された食品が無残に散らばっていた。
幸い、何故か綺麗に他の人々が避難に成功したようで、
周りにははじめと気を失っている熊三しか残されていなかった。
それとも、二人が戦っている間、またその空間だけ独立していたの
かもしれない、とはじめは以前に現れた少女のことを思い出していた。
「…誰?」
はじめは誰かの気配を感じて身構えた。
しかし、そこにいたのは、若い主婦のようにしか見えない
おとなしそうな女性一人だった。およそ今までの殺伐とした
雰囲気にそぐわないロングスカートに春らしい色のカーディガンが
よく似合っている。
「…ここは危険です。早く避難してください。私が誘導します」
はじめは慌ててさっき見せた戦意を引っ込めた。それほど
彼女が自分とは別の世界の住人に見えたからだった。
「あら…それは私の仕事ですよ。さっきもそれをして来た所ですし」
「え…」
「月はいつでもあなた達と共に…」
「あなたは…?」
「帝国華撃団月組…私の事はコードネーム"静香"とでもお見知りおきを」
はじめも噂には聞いていた。帝国華撃団で隠密活動を行う部隊「月組」の隊員が、今目の前にいる。きっとあの群集の中にも月組隊員が幾人か紛れ込んでいたのだろう。そうでなければこの避難の手際の良さは考えられない。
「その方と貴方にこれを…霊力の消耗を一時的に回復させる薬です」
「…信じていいのね?」敵意は感じないが、はじめは一応念を押した。
「ふふ…なかなかしっかりした隊長さんですね、朝日奈はじめさん。霊力を使いすぎて喋るのがやっとの状態なんでしょう?」
「…そこまで言われちゃ、熊三君の為に私が先に飲まないとね」
はじめはカプセルを口に入れた。
「効き目が出るまで15分といった所です。それまでは安静に」
「ありがとう」
「では…そろそろお連れの方が到着すると思いますので…おいとましますね」
静香は微笑むと、ゆっくりと出口へ向かった。不思議と視界から消えると、
印象がおぼろげにしか残らない。それが月組というものなのだろう。
まるで昼間の月そのもののようだった。静香の言った通り、しばらくすると「お連れの」桜田達が到着した。
「一体どうなってんだ?本屋で立ち読みしてたら物凄い勢いで人が逃げて来てよ、
そんでなんか女の人が来てあなたの連れが大変なんですーってここまで案内して
くれたんだけど」
「…中尉、緊急時には腕のモバイルキネマトロンで収集をかけてください。
月組に頼りっきりになっていては…」
「そうだよまったく…君にケガでもあったら……あっ!!!」
一気にまくしたてた三人だったが、神崎がようやくはじめが胸に抱いている熊三に気が付いた。
「はじめちゃん、そのアホをどこで拾ったんだい!よりによってなんてうらやましい…」
「ん?この子、イベントに参加してたんだけど一緒に戦ってくれたのよ。かなり霊力があるみたいで…」
「…熊三、まったくお前ってやつは…」
ユーリが苦笑している。
「おい〜、おまえホント〜にスキだらけなの考えた方がいいんじゃないか」
桜田がへたりこんでいるはじめを呆れたように眺めた。
「なにが?…ああそうだ、ユーリ、この子に水を持って来て。月組に薬をもらったのよ」
「もしもーし人の話聞いてますか〜」
「ああはいはい、そういえばみんなこの子の知り合いなの?」
「だから…そいつが熊三だ」
「アホだよ」
「…桐島熊三。今日話した、中国に行っていた隊員です」
「え、そうなの!? 凄いわね、想像してたのと全然違うわ。こんな子供が…」
「17歳を子供というかは微妙だな」
「…桜田君、今なんとおっしゃいました?」
「17歳を子供というかは微妙だな」
「……やだもう、冗談ばっかり」
そう言いつつもはじめは熊三を胸のあたりからそっと引き離した。
「本当です。中尉、水を持ってきましたが」
「あ〜…なんかもうやだ…」
はじめは目の前がクラクラして来た。こんなムサイ男ばっかりに囲まれてやっていけるんだろうか。
今となっては月組の静香が無性に恋しい。
そうは言っても、一緒に戦ってくれた熊三を今さらむげにはできないので、
はじめは熊三の顎をあげて気道を確保し、鼻をつまみながら口を開けさせ、
水で薬を流し込んだ。
「…ふが?」
水の冷たさと鼻をつままれたおかげで、熊三が目を覚ました。
「…大丈夫?」
熊三の視界は未だはじめの胸が大半の領域を占めていた。
「あ…ぱふぱふねえちゃんだ」
「誰がぱふぱふねえちゃんだこのドスケベが!」
桜田がしっかりしろ、と言うように熊三の頭に軽くゲンコツをくらわした。
「あれ?桜田じゃん、なんでいんの?」
「おまえこそいつ中国から帰って来たんだ?連絡くらいしろよ」
「いや〜旅費まで食いつくしちまってさ〜親切な貨物船に乗せてもらったんだけど
殆ど食ってなかったからここで食いだめしようかと思ってよ」
「フッ…お前らしいな」
「ちょっとユーリ、なんでそんなに熊三君に甘いの?」
「へへへー、俺とユーリは兄弟同然の強敵(とも)だからよ!」
「ま、いくら発足当時から居たからって女性の胸にいつまでも甘える特権があるとは思えないな」
「げっ神崎…おまえまでいるのかよ!お前なんかにいられちゃ寝覚めが悪いぜ」
「まったく君ってやつは相変わらず野蛮で粗暴でおまけに性欲の塊なんだからこっちこそ寝覚めが悪いよこのオスミニゴリラ」
「あんだとー!万年発情期の色ボケになんでそこまで言われなきゃならねえんだよ!俺は少なくとも武道一筋なの!真の強さを求めるまでムネ…いや女なんか要らねーの!」
「免疫が無いからそうやってはじめちゃんの胸に飛びついたんだろ?全くもって本能だけで生きるどーぶつだな」
「あの〜久しぶりに会ったんだったらケンカはやめ…たら?」
(言わせてもらえばどちらも似たようなものだけど)と内心思いながらはじめが二人を制した。
「あ、そういえば中尉さんはなんでこいつら知ってんだ?」
「自己紹介がまだ完全じゃなかったわね。
私は帝国華撃団宇宙(そら)組隊長の朝日奈はじめ」
「へ?」
「本当だよ。ま、俺も最初は目を疑ったけどよ」
「どういう意味よ桜田君」
「へ〜え、只者じゃねえとは思ってたが、あんたがかい。
見たところいい組み手相手になりそうだぜ。これからよろしくな。」
「組み手?そいつは危険だよはじめちゃん、くれぐれも僕を監視につけてくれ」
「おめーと一緒にすんな!俺は強い奴を見るとドキがムネムネするだけだ!」
「よっぽどムネが好きなんだな…」
桜田が感心したように突っ込んだ。
「あ?今のはちがーうっ!逆だ逆!"胸がドキドキ"!」
「要するにはじめちゃんの胸を見てドキドキしたと…」
「ち、違う違う違う!」熊三は真っ赤になった。
「ごめん、やっぱ前言撤回。はじめ、コイツ子供だ」
桜田が卓越したような目ではじめに言った。
「桜田君に言われちゃおしまいだな」
「…確かにな」
神崎とユーリが顔を見合わせた。
「おいこらなんだそこ!」
「いい加減にしなさ〜〜〜〜い!!」
あやうく全員がケンカしそうになったので、
はじめは声をあげた。
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