サクラ大戦RV 第二話 「カロリー・オフ」 第二幕

 


 

こどもの日ということもあって、みなとみらいは
家族連れで賑わっていた。

イベント会場には特大のトルティーヤが用意され、
それを作ったシェフ達が誇らし気に見つめていた。

「……三人に頼みがあるんだけど」
はじめは折り入って付いて来た三人を見渡した。
「なんだよ歩く30万」
桜田は思わず口に出した。
「はじめちゃんが30万なんかで買えるわけないよ桜田君」
「いいかげんシモネタはよさんか」
「…だから聞いてよ人の話」
空腹から来る頭痛を我慢しながらはじめは続けた。
「えっとさ…まあ私出るけど…その間みんなどっか行って時間つぶして来て」
「なんで?」
「…やっぱり恥ずかしいから」
「なんで?」
桜田はさっぱりわからないといった顔をしている。
「相変わらずにぶいな君は。レディが食べてる所を僕達がじっと見つめてるわけにいかないだろう」
「戦いを見守るのが恥ずかしいことなんか〜?」
「…つくづく鈍い奴だな…」
ユーリも流石に呆れた顔をした。
「ふ〜ん…そういうもんなんかな…」
はじめがこちらが気の毒になるくらい恥ずかしそうな顔を
しているので、桜田もどうやら理解した。

三人をようやく追い出すと、はじめはテーブルについた。
向かいの席に、茶髪の、日焼けした小柄な少年が座っている。
「じゃ、制限時間内に多く食べた方が勝ちですからね」
ウェイターがひどく大きなトルティーヤを二人の前に並べた。
「ハラへった…メシ…」
だっぷりと大きめの詰め襟のパーカーを着た少年は、
かなり空腹なようで、握り拳をテーブルの上に置き、
下を向いてうわごとのように繰り返している。
「あの…君、大丈夫?」
はじめは少年を気遣ったが、こちらも空腹が襲って来ていた。
「へ…おねーさん、運が悪かったな。大食いで桐島流にかなう奴ぁいねえ」
少年は不敵そうな大きな瞳で笑った。
「…桐島流?」
「最強の格闘集団さ」
「…なんで格闘と大食いが関係あるの?」
そう言いながら、二人とも黙々と食べている。サイズを無視すれば、
ほとんど休日に食事に来た姉弟のような状態である。
「聞いて驚くな。桐島流初代師範は熊殺し、そして二代目は牛殺しをやったんだ」
「…で食べちゃったの…?えらくハングリーな人達ね」
「…いや食ったかどうかはわかんねーけど…二代目は偉大な人だったらしい。女だけど」
「へ〜それは凄いわね…かっこいいな〜牛殺しの女格闘家か〜」
「…あんたもなかなかやるな。俺のペースについてこれるなんて」
「いや、私のは(一日だけの)特異体質なんだけどね…」
「アハハハ、なんにせよメシがおいしく食べれるのはいいことじゃねえか」
少年は屈託のない笑顔を見せた。
あまりに気持ちのよい笑顔だったので、はじめも気持ちが和んだ。
どういうわけか、この少年の明るさは人の心を解きほぐすような力があった。
(あ、いけないいけない。この子にも勝たないといけないんだった)
はじめはふと我にかえった。
マネージャーとして、桜田の現場には何度か行っていたが、
スタッフは本当に大変そうにしていたし、何日も徹夜した上に
ろくに食べていなさそうな人達ばかりだった。30万は制作費にはならないだろうが、きっと皆においしい炊き出しでもできるだろう。
「…君に恨みは無いけど、勝たせてもらうわよ!」
はじめはペースをあげた。
「おーっ?こっちだって負けるか!”特務電脳江湖”の皆、待ってろよ!」
少年がわけのわからないセリフを口にしたが、それどころではなかった。
気付くと、他の参加者は既にリタイアしていたので、これが事実上の
決戦である。

 その時、会場の端で悲鳴が起こった。
 「何??」はじめと少年は同時にその方向を向いた。
 はじめは既に、独特の嫌な気配を感じとっていた。
 「くっ…こんな時に…」
 はじめは立ち上がると、騒ぎの起こっている方へ走り出した。
 人込みをかきわけると、屈強な体をした、不気味な男がまわりの物をおかまいなく破壊していた。
はじめにはその男が人間でないことがわかっていた。男もはじめの敵意を感じとり、虚ろな視線を向けると、彼女の方へ襲いかかって来た。
「…しょうがない。腹ごなしにいっちょやりますか」
はじめは「白真無念流」独特の無防備な構えをした。彼女の能力は、
白真無念流と呼ばれる、対降魔用の格闘術…いや、「剣の無い二刀流」
といった方が正しい、両の手に霊力のオーラをまとって攻撃するものである。
桜田は必殺攻撃に剣術を使うので、よく頃合を見て組み手をするが、「本当に剣が見えてくるみたいだ」と感心していた。桜田は初めてそれを見た時、どこで習得したのかはじめに訪ねたが、はじめは寂しく笑ったまま答えなかった。
(…こんな技、使う機会なんてなければいいのに)
はじめはそう思いながらも、男の攻撃の軌道を感じとり、それを読みつつ攻撃に転じようとした時、先程の少年が男の攻撃を左の防御で受け止めた。
「どいてないとケガするぜ!いくらなんでもコイツは食えねーよ」
少年ははじめの方に視線を流して屈託なく笑った。
「あ…あなたもしかして…」
はじめは一瞬感じた自分と同じような波動を見逃さなかった。
少年は軽い身のこなしで、中段後ろ蹴りから一回転して男の顎を蹴り上げた。しかし男は特にダメージを感じていないようだった。
「…やっぱコイツはアレのお仲間ってとこか」少年は親指で鼻をこすると、
不敵に笑って構え直した。
「ちょっと!あなた何者なの!?」
「俺の名は桐島熊三!桐島流三代目師範代!」
熊三は名乗りを上げると、高く跳躍して男の背後に回り、延髄を狙って蹴り上げた。はじめには、その足先に込められている霊力が見えた。
(もしかして…この子…神崎君達の言っていた…?)
今度は男に効いたらしく、前のめりに倒れた。
「へへっちったぁ効いたろ?」熊三は着地して、得意そうな笑顔を浮かべた。
「まだよ!」はじめは男が暴走する気配を感じ、熊三の前にかばうように立ちはだかった。むっくりと起きあがった男の目は赤く光り、腕から蔦のようなどすぐろい器官が生えて来ていた。筋肉はひとまわり大きく、固くなった。
「お、おいねえちゃん…?」
熊三も、はじめの両拳から白い霊力波が立ち昇るのを見た。
「説明はあと!このデカブツを一緒にぶったおすわよ!」
気付くと男、いや降魔の攻撃をかわしながら、二人は背中合わせになって攻守一体になっていた。
「…あんた、どうやら俺と同じ力を持ってるみてーだな」
「…こっちも驚いたけどね」
二人は背中ごしに不敵に笑い合った。
熊三は、彼女といると、自分の霊力が高まるのを感じた。
「名前を聞いてなかったな」
「帝国空軍中尉、朝日奈はじめ」
「へー、それじゃ中尉さん、俺とあんたで奴の急所に、同時にありったけの必殺技を打つってのどーよ?」
「それしかなさそうね」
「んじゃいくぜぇ!」二人は目で合図すると、左右にすさまじい速さで
展開した。
「桐島流奥義!」
「白真無念流一式!」
二人の霊力が高まっていく。
「虎咆九掌!」
「白虎蹂躙!」
辺りはすさまじい光に包まれ、はじめが下から駆け昇るように、
熊三が高い跳躍から駆け下りるように、敵の全ての急所を打った。
降魔は低い唸り声を上げると、その場でどろどろに崩壊し、そして、
そのまま消え去ってしまった。
「え?消えた?」
熊三はそのまま勢いを殺せず、はじめに向かって突っ込んだ。
「きゃ、危ない!」
はじめはなんとか熊三を無事に着地させようとした…が、
心配するまでもなく、熊三は柔らかいクッションに顔を包まれた、
というか、すっぽりとはじめの胸の谷間に顔をうずめる格好になった。
「は〜よかった…」はじめは慌てていたので、しばらく自分の
おかれた状況に気付いていなかった。
「…熊三君…だっけ?だいじょうぶ…?」
…熊三は大丈夫ではなかった。熊三は放心したように、
「す、すげえ…コ…コレが伝説の奥義"ぱふぱふ”…」
と呟き、鼻血を出してその場にぶったおれた。もちろん、霊力を使いはたしたせいもあったが。
「伝説の奥義ぱ…??なんだろ、よっぽど凄い技があるのかな」
はじめも燃費が最悪の状態で霊力を使ったので、思考能力が
低下して来ていた。



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