サクラ大戦RV 第二話 「カロリー・オフ」 第一幕

 


 

―五月五日 0900 小笠原沖。
帝国華撃団宇宙組の演習が行われていた。

初夏の日差しの中、轟音と共にしなやかに翼をモーフィングさせて飛ぶ彼らの機体はまるで七色の光が四方八方に飛んでいるように見える。

「うわっ?」
機体に演習用のマイクロミサイルを食らった衝撃で、コクピットの桜田は焦った顔になった。
「こらっ!ボサーっとしてるからよ、桜田君!」
はじめの白蓮はそう言っている間に、
肩部のバルカンでけん制しつつ、挑発するように左旋回しながら
十二時方向へ飛んだ。
「くそっハラ立つな〜」
桜田の青燐は背部のメインバーニアを一杯に吹かせてそれを追い、両脇にあるマイクロミサイルポッドコンテナを展開させた。
「だからそれがダメだってんでしょ!」
「え?」
はじめの一喝で、火器コントロール始動システムを桜田は寸止めした。
「だめだよ〜桜田君。朝日奈さんはおとり役だって言ったでしょ?」
「もうこちらはポイントを制圧してしまったぞ」
青燐のコクピットディスプレイに、友之とユーリが次々とツッコミの通信を入れた。
「はぁ〜どうせ私が止めなかったらそこで全弾撃ちつくすつもりだったでしょ」はじめはため息をついた。
「ま、追いかけて撃ちつくしたい気持ちはわかるけどね」
「うっさい神崎!いちいちはずかしいセリフ吐くな!」
「桜田少尉、アドレナリンが上昇しています」
「…ハーケン。AIでもちったぁフォローってもんをしてくれ」
八方塞がりの桜田が頭を抱える。
「コマンドが抽象的すぎます」
「はいはい、アドレナリンが下がったら、今度は状況Cではじめっから行くわよ、いいわね」
「げげ〜」
「げげ〜じゃないでしょ!これが実戦だったらどうなってたと思ってるの?」
「…とにかく状況をもう少し冷静に見渡せ。もしまた敵が正規軍の幽霊なら組織的な動きが重要になるんだ」
「…けっわかったよ」
ユーリの「軍」という言葉に桜田は気色ばみそうになったが、
状況からして従う他はなく、ハーケンの演習プログラムを再設定した。



―同日1300 帝国華撃団大船特殊基地

「みんな、おつかれさま」
演習がひととおり終了し、大船基地に帰った一行は、
ハンガーに集合した。
「ちょっとお昼が遅くなっちゃってごめんね。」
はじめが腕の時計を見て謝ると、
「はじめちゃんのせいじゃないよ。誰かさんの復習が長引いただけだし?」
と神崎がちらっと桜田の方をからかうように見た。
「あ〜悪かったな〜…」
「ちょっと、あれほど挑発に乗るなって言って…?」
二人を軽く制止しようとしたはじめは、かくん、と力が抜けて尻餅をついた。
「…お、おいどうした?」
桜田は、初めてはじめが白蓮に搭乗した時のことを思い出し、心配になった。
「お……」
「お?」
「お腹すいて動けない…」
あまりの答えに、桜田は目が点になった。
「………バカにしてんのかっ!人が心配したっつーのに」
「…ちっちがう…マジで死ぬほどお腹がすいて…」
「はじめちゃん、もしかして無理なダイエットしてるんじゃないの?せっかくの見事な胸がしぼんじゃうよ!」
「……そ、それもちが…う」
神崎のセクハラ発言に怒る気力もないくらい、
はじめは空腹のあまりへばっている。
「…もしかして、また白蓮の霊力制御の問題かもね」
友之だけは真剣な面持ちで白蓮の方を見た。
「…やっぱ初めて乗った時の眠くなるってやつか」
桜田も顔色を変えた。
「朝日奈さんの霊力値は未知数な所があるからね。
もともと霊力増幅値を上げてある現行のシステムではまだまだ調整が必要かな…」
「うーむなんやらわからんが大変そうだな」
「…あの解説は後でいいんですけど…」
はじめは頭痛までして来た。
「お、おいやばいのかっ!」
桜田が我に帰ってはじめの顔を覗きこんだ。
「…な…んでもいいから食べ物…」
「そっそーかメシだな!待ってろ!おにぎりを山ほど作ってくるからな!」
「あ…あたしゃどっかの画伯か…っ」
はじめはかすむ目で厨房に駆けていく桜田を見送った。
「…中尉。携帯用のプロテインブロックです。しばらくはこれでしのいでください」
ユーリが助け舟を出した。
「あ、ありがとう」
あまりの嬉しさにはじめは目が潤んだ。
「……あ、中尉…それ…一日分のカロリーがあるんで…?」
ユーリが止める間もなく、はじめはブロックを瞬く間に全て食べてしまった。
「…いや大丈夫。僕の計算では軽く見ても通常の20倍のカロリーが
今の朝日奈さんには必要だよ」
「に、にじゅうばいっ??」
友之の言葉にはじめは気が遠くなった。
「…まあ、食べた端から代謝してしまうだろうね…まあ、おハダはきれいになるだろうけど」
「そりゃよかった」
神崎だけが喜んだ。


「20倍!?マジかよッ!」
食堂で桜田が驚いている間にも、はじめは次々と桜田特製の
バクダンおにぎりをたいらげていく。
「…見てるこっちが胸焼けしそうだな」
「胸焦がれの方だったりして〜あ、僕梅干しがいいな」
「けっ冗談よせよ!色気もなにもあったもんじゃねーぞ」
友之の挑発にまで結局は乗ってしまう桜田である。
「なんか言った?」
はじめが指についた米つぶを丁寧にとりながら言った。
「い〜やこっちの話だ」
「まったくエレガントさに欠けるおにぎりだが、僕には鮭を頼むよ」
「…タラコ希望だ…」
「はいはい…ってなんでおまえらのメシ係になってんだ俺」
悪態をつきながらも、桜田はおにぎりを全員に握った。
「しかし大食いといえばあのバカを思い出すね…」
神崎がいかにもイヤなものを思い出したような表情になった。
「あぁ〜そういえばアイツどうしてんだろな」
桜田もようやくありついた昼食に満足して、まったりしはじめた。
「…もうすぐ帰還する予定なんだが…」
「ん?あいつって誰?」
はじめは、ユーリがいつになく和やかな顔になっているので
興味を引かれた。
「中国に行っているもう一人の隊員ですよ」
「あ、そういえば司令も神崎君も前に言ってたわね」
「…あいつの大食いにつきあえるのは今のおまえだけかもな〜」
「なによー、私だって好きでこんなことしてるわけじゃないんだから」
「とかなんとか言ってるうちに全部食ってるし」
「…おかげで大分落ち着いたわ、ありがとう桜田君」
「……いやその…ど、ういたしまして…」
はじめが本当に感謝を込めて微笑みかけたので、
桜田は素になってしまった。
「…で、どんな人なの?その中国に行ってる隊員って」
「ん〜……とりあえずすげーつええよ。格闘家だからな」
「へ〜頼もしい話じゃない」
「でもガキで筋肉バカでチビで大食いで野蛮でおまけに
女性に免疫がないから野獣のように食いつかれるかもしれないよ」
神崎がマシンガンのようにまくしたてた。
「ど、どーしたの神崎君?やけに感情的になって…」
「…ま、理由は会った時にわかるよ」
友之が思い出し笑いをこらえている。
「それはともかくとして…あと一時間もしないうちにまた空腹感に
襲われるかもしれないから気を付けて、朝日奈さん」
「えぇ〜〜〜??」
「ごめんなさい。なんとか24時間で対策を考えるから。さ〜て、
僕はこれからラボにこもるから」
友之は怪しく眼鏡を光らせると、食堂をあとにしてしまった。
研究のこととなると、もう誰も友之を止められない。
「困ったな…このままじゃ食堂の食料を食いつくしちまうぞ」
「食料の枯渇は隊にとって深刻な問題かもしれんな…」
「…そうだ、今日はみなとみらいでスペイン食祭りがあるんだ」
神崎が腕の端末でスケジュールをチェックしていた。
「お?なんか都合のよい兆し」桜田が神崎に期待の目を向けた。
「トルティーヤ大食い大会ってのがあるよ。主催の会社は神崎グループと
関係があるし、エントリしとく?はじめちゃん」
「そ、そんな恥ずかしいイベントに出るなんて…」
「一位は賞金30万円だよ」
「なにっ!今度の宇宙刑事シリーズは制作費ギリギリだし、
ちょっとでも足しになるかもな…」
「……出るのは中尉だろう…」
ユーリが興奮気味の桜田を制した。
「………桜田君、今の話感動した!」
「へ?」
桜田がはじめの方を向くと、はじめの目が燃えていた。
「あんた結構イイ奴ね!みんなの為にお金を使おうと真っ先に思うなんて」
「いや〜…そ、そうか?」桜田は照れくさそうに鼻を掻いた。
「あたしそーいうの大好き!限りある制作費で頑張る男達のプロジェクト×!」
「お、おまえやっぱ熱血だったんだな…」
「…というわけでエントリー決定だね」
熱血バカと化した二人をよそに、神崎はオンライン登録を済ませていた。


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