山下公園は、のどかな春の日差しに包まれていた。
「あいかわらずここはカップル多いわね」
と、ショートカットの少女が足をぶらぶらさせて石段の上に腰掛けていた。
少女という形容は正しいのかどうか、不明な点がいくつかある。
というのは、彼女が帝国空軍の軍服を着ていたからである。
もうひとつは髪が短いせいもあるが、
全体的に小柄で、
どこか少年を感じさせる雰囲気があるからである。。
彼女を憂鬱にさせているのは、別に春の日差しのせいでも、いちゃつくカップル
のせいでもなかった。
「あの空母」
彼女は海を眺めて呟いた。
「あの艦がみんな連れていっちゃうなぁ・・・・・」
空母「長都」はその雄大な姿を海に浮かべている。
今、横浜港に停泊中だ。そして、これからインド洋を巡回する。
彼女の同期の仲間達も多く乗っている。
「”海の向こうで戦争が始まる”か・・・・・・」
少女は一枚の書類を取り出して眺めた。
「帝国空軍 中尉 朝日奈 はじめ
貴殿を帝国華撃団 第参 独立部隊 宇宙組 隊長
に任命する・・・・・・・・」
あたしは、なんだか得体の知れない部隊の
隊長になっちゃったみたい。
士官学校の同期のみんなは、これからインド・パキスタン
国境で激化している戦争に出兵する。
何人かは、もう2度と戻って来ないかも知れない。
はじめは、芝生に寝転んでそれ以上「長都」を見るのをやめた。
はじめ の視界に空が広がった。はじめは少し笑顔になった。
あたしには、いつだって空がある。
「もしもし」
誰かが上から覗き込んでいる。
同じ年頃の青年だ。やはり軍服を着ている。
真っ直ぐで負けん気の強そうな黒い瞳。
これから「長都」で出港する兵士だろうか?
先走って玉砕、なんてことにならなきゃいいけど。
はじめは勝手に妄想した。
そういうタイプに見えたからである。
「あんたが朝日奈 はじめ って人?」
「そうですけど・・・・・」
はじめはそのぶしつけな物言いに少々むっとした。
始めて会う人に呼び捨てはされたくない。
「俺は帝国華撃団少尉の桜田 真一。
あんたを迎えに行くようにって司令に言われて来た。」
なんて無礼なヤツ。あたしも帝国軍人として、
鉄拳でも入れてやろうかしら。
そうした思いをぐっとこらえて、
はじめは起き上がり、
「帝国空軍中尉、朝日奈 はじめ です。よろしく、桜田少尉」
と敬礼した。
「じゃ、よろしく。 それじゃ行くぞ、中尉さん」
桜田はそう言うとずんずん歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!どこへ?」
「決まってんだろ、帝撃神奈川支部。場所は大船・・・・・・」
そこで声が途切れた。二人の耳を何かがつんざくような音が通り過ぎた。
そして、轟音と共に山下公園の前の海に爆音と水飛沫が飛ぶ。
「何!?」
二人が音の方に振り向くと、空からいくつかの影が舞い降りて来た。
鋼鉄で覆われた巨人。
間接の間からは、どす黒い生物学的な筋肉が見え、血の匂いを放ち、
人を恐怖させる邪悪な姿。
「魔操兵器!!」
この世界には、
太古の昔より、時おり地上に現れては人を脅かす、降魔という存在がいる。
人が進化をすれば、この怪物も進化を遂げていく。
魔操兵器は、そんな降魔達の
機械的な武装形態である。
しかし、ここ半世紀はなりを潜め、大々的、組織的に活動することはなかった。
はじめは今、自分の目の前の光景が信じられなかった。
冗談じゃない。海の向こうどころか、今ここで、戦争が始まろうとしている。
水飛沫の上がった方角から、軋んだ起動音が聞こえてくる。
「あれは、帝国空軍の飛行型光武 ”白刃”・・・・・・」
はじめには見慣れた空軍の量産型の機体だ。
肩に「一○九」とペイントされた、人型の兵器は、今最後の力を
振り絞って立ち上がろうとしていた。
「やめて!!そんな機体で、死ぬ気!!」
はじめは一○九号機に向かって走ろうとした。
はじめの前には、先ほどまでのどかに過ごしていた山下公園の
民間人が我先にと逃げまどっている。それと逆方向に進むのは、
極めて困難だった。
「やめろ!!巻き込まれてあんたが死ぬぞ!」
桜田が、がっちりとはじめの手を取って引き止める。
「だって、仲間が・・・・誰かわからないけど空軍・・・・!」
はじめは自分が何を言っているかもう整理がつかず、
桜田の手をほどこうとした。
魔操機は、自分に敵意を抱く者に敏感に反応する。
全ての魔操機の不気味なカメラアイが、鈍く光って一○九号機に
焦点を合わせた。
一○九号機は膝間接のバーニアを吹かせて一番近い魔操機に取り付いた。
おそらく武装は光刀と呼ばれる、熱で他の機体を切り裂く光武用の刀だけだ。
通常装備の対光武用ミサイルも、ガトリングガンも使い果たし、装甲はあらゆる所に
傷がつき、ひしゃげている。
一○九号機は、魔操機を
自重で押し倒して馬乗りになり、光刀を魔操機の懐に突き刺した。それと同時に、
魔操機も鋭い爪でコクピットを突き刺していく。
二つの機体が重なり会って、爆発を起こした。
「きゃあぁ!」
爆風が来て、はじめは吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる、
と思ったが、そうはならなかった。
うつぶせに倒された桜田の背中の上に尻餅をついていたからである。
「いってー。早くどけ!バカ!!重い!!」
「な、何よさっきから言おうと思ってたけど、その口の悪さは!!
こう言いたくはないけど、一応、一階級はあたしが上よ!」
「ふん、軍人軍人ってそれがどーしたんだよ!いっとくが俺は
なりたくてなってるわけじゃねーし、華撃団ってのは階級は関係ないのが伝統だぞ」
「あんたがなりたくてなったわけじゃなかろうがどうしようが、
知らないわよ!この光景の前では、そんなへ理屈通らないわ!
国民の命が脅かされるなら、それを守るのが帝国軍人の義務でもあるの!
あの人みたいに・・・・」
はじめは少し涙目になった。あの一○九号機のパイロットは、即死したに
違いないのだ。
「そうだ・・・・・」
はじめは走り出した。
「おい、どこ行くんだ!」
「”長都”へ行くわ!あそこなら光武も配備されているし、何か出来ることがあるかもしれない」
「はぁ、まったく熱血な隊長さんだな・・・・・・」
桜田も走り出して、
「これ、借ります!」と近くにいた男性のバイクをひったくった。
「ちょっと、あんた!」
「シェルターに避難してください!一段落したら”大船撮影所”まで
来れば返却します!」
「・・・・・・へ?大船撮影所???」
男性がきょとんとしている間にバイクが走り去った。
「隊長さん!!」
はじめの目の前に桜田のバイクが止まった。
「これに乗って。あんたのへっぽこな足じゃ
”長都”まで大分かかるよ」
「ぐぐっ・・・・・・・だぁれがへっぽこな足・・・・」
といっても桜田の言う事はもっともである。
「ごめん・・・ちょっとまだここの地理に疎かったわ」
はじめは後ろに飛び乗った。
「しっかりつかまってろよ」
桜田は一気にバイクを加速させた。
風がまいて、口が開けられない。
「あんたのカンもあながちはずれじゃないよ」
桜田が前を向いたまま口を開いた。
「へ!?」
はじめはなんとか返事をした。
「”長都”には、友之が機体の引き取りに行ってる!
あんたの光武のな!!」
「あたしの・・・・光武?」
二人の眼前にだんだん巨大な空母が姿を大きくしていく。
「もうすぐ”長都”だ!」
そのとき、一機の魔操機の放ったミサイルがすぐ側の地面に
当たり、アスファルトがえぐり取られて、いくつか穴が開いた。
「とっ・・・・・・」
桜田は素早いコーナリングでそれを迂回した。その動き方が
どうもただものではない。
「ねえ、あんたレーサーでもやってたの?」
はじめが舌を噛みそうになって言った。
この状況で振り落とされないはじめの運動神経も大した
ものだが。
「伊達に”宇×刑事”シリーズのスタントやってないよ」
「はあ???????」
謎に包まれた(?)言葉を宙に浮かしたまま、バイクが飛んで、
「長都」の前に着地していた。
「はぁ、生きてた・・・・」
はじめは目がまわりそうだったが、なんとかバイクから降りた。
「なんだ君達は!所属は?」
「帝国華撃団第参独立部隊、宇宙(そら)組の桜田、えっと少尉です。
こちらは隊長の朝日奈 中尉。
同部隊の香田 友之少尉がこちらにいるはずなんですが」
「桜田君!」
甲板から、メガネをかけた優しそうな青年が降りて来た。長髪を後ろでまとめて、
肩に変な、翼のあるコウモリのような動物を乗せている。
およそ軍人には見えない。
「友之!大変なことになったな・・・・・」
「そうだね・・・・・今、空中旗艦”はやせ”を呼んだよ。僕達の光武を持って
来るように。・・・・状況から言うと、この人が朝日奈はじめさん?」
「ええ。ぶしつけで悪いけど、ここに新型光武があるんでしょう?」
はじめはかじりつくように、友之と呼ばれた青年の瞳をみつめた。
「ああ、例の・・・”白蓮”なら第3格納庫に・・・・」
「お願い!それに乗せて!こうしている間にも横浜の街が・・・・」
「待ってください!確かにアレはあなたが乗るはずの機体ですが、
ろくに武装が、まだ・・・・・」
「構わないよ!このままじっとしてるのは我慢できないの!」
その時である。はじめの体に異変が起きた。
「うぅぅ・・・・・あぁ・・・・」しめつけるような胸の痛みが
おそいかかる。驚いて駆け寄る桜田や友之の声も
聞こえない。
ドクン。ドクン。鼓動だけが大きくなる。
その時、数発のミサイルが”長都”に着弾した。
「第6ハッチに被弾!」
クルーが必死の報告を告げる。
「よ・・・・・・んでいる・・・・・・」
はじめは苦痛に喘ぎながらがっくりと膝をついた。
「おい、しっかりしろよ隊長さん!畜生、どうしたってんだ?」
桜田はかがみこんではじめの肩をゆすった。
グオォォン・・・・・・・何かが、被弾した長都の第6ハッチの方から
響いて来た。
「まさか・・・・・・」友之はメガネの奥の目を細めた。
「香田少尉!どういうことだ?”白蓮”が動いてるんだよ!勝手に・・・・」
”長都”のデッキクルーが驚愕の表情で友之の腕時計型の画像通信機に
通信を入れた。
鋼鉄の足音が”長都”に響き渡り、甲板に巨人の影が現れた。
両肩に大きな鋼鉄の翼をつけた、スマートで手足の長い光武。装甲は
白銀に輝き、その目にはパイロットもいないのに灯がともっている。そして、
じっとはじめを見下ろしているように見える。
「白蓮・・・・・まさか、ここまで、パイロットと呼応するなんて」
友之が呟いた。
「おい・・・・・友之・・・・それはどういう・・・・」
桜田が口を開いた時、
白蓮の翼がふわりと展開し、わずかにバーニアを吹かせながら、
はじめの前に降りたち、膝をついてかがみ込む形になった。
まるで自分から乗り込めと誘うように。
それと同時に、はじめの胸の痛みが消えた。
はじめは立ち上がって、吸い込まれるように白蓮の膝に
よじ登って、胸のハッチを開けた。
「そんなバカな?まだ朝日奈さんのデータを完全にはインプットしていないのに、
コクピットを開けられるのか!?」
友之が驚き、
「おい、隊長さん!どうするつもりだよ!」
桜田がはじめと白蓮の尋常でない雰囲気に押されながらも
ひきとめようとした。
「このコに乗って戦う!だって呼んでくれたんだもの」
はじめはさっきまでの苦痛がどこかに行ってしまったように、
明るい笑顔を見せた。
「それに一機でも多い方がいい・・・・今は、このコの力が必要なはず!
大丈夫よ、あたしだって、てーこく軍人なんだから!」
そう言ってはじめはコクピットに飛び乗ってハッチを閉めた。
「これが・・・・・光武の・・・・白蓮のコクピット?少し雰囲気が違うけど、
基本システムは同じなはず・・・・・・」
はじめはコンソールパネルを操作して、白蓮を完全に起動させた。
コンソールパネルのメインスクリーンに、
"SERAPH-SYSTEM"の文字が浮かび上がる。
「私はあなた。あなたは私。ようこそ・・・私は待っていました・・・・
私は"AYA"、このシステムを司るAIです・・・・・」
「あたまに直接響く・・・・・・AI・・・・?あなたが?
わ・・・たしは・・・わたしはあなた・・・・あなたは私・・・・」
はじめは、うわごとのように呟いて、レバーを倒して
機体を上昇させた。
「空・・・・空があたしを呼んでいる・・・・・」
それに呼応するように、両肩の翼が
水平に展開しはじめる。
はじめはバーニアを
全開させて、魔操機の群れに向かって飛び立った。
残された二人は
白蓮の残した爆風にむせかえった。
「桜田君!あの人一人じゃ、まずいよ!それにあの機体の状態じゃ、
おそらく、コクピットの彼女は・・・・・」
友之が必死の表情で桜田に訴えた。
「え?ちょ、ちょっとあいつがどーなるってんだよ友之!?」
桜田は走り回っている”長都”のクルーの胸ぐらを掴んだ。
「おい!ここの光武はなんで出撃しないんだよ!まさか許可の申請
とかくだらねえことやってんじゃねえだろうな」
「ち、違う!光武は神戸で配備される予定で、光武は
あの”白蓮”一機だけだったんだよ!」
クルーがせきこんだ。
「そう・・・・このタイミング、敵は完全に狙っていたとしか思えない」
友之が考え込んだ。
「だぁーもー!狙ってようがどうしようが、女の子一人敵陣に放り込んで俺達が
解説ぶっこいてるわけにはいかないだろ!」
「まーったく人がいいんだから桜田くんは」友之は指でメガネを
かけ直して、からかうように桜田を見た。
「うっ・・・・べ、別に俺はあんな奴の事どーでもいいけど、一般論としてだな・・・・」
「大丈夫!もう来たよ!」
友之は空を見上げた。
二人の上空に、鋼鉄の戦艦が現れた。
以前、降魔が帝都を覆った時に2度活躍した
空中戦艦「ミカサ」の技術をベースにして作られた
空中旗艦「はやせ」である。
「ミカサ」はひとつの街を覆う程の超巨大サイズだが、これは
技術は同じでもサイズはミカサよりずっと小型だ。
「待たせたな、二人とも!光武を持って来てやったぞ」
友之の通信機に落ち着いた物腰の中年の軍人が映し出された。
「柳田司令!至急、光武の射出をお願いします」
「了解した。光武”青燐”、”緑莱”、射出せよ」
「了解、両機、セルフモード起動」オペレーターの女性がタッチパネルを
速い手つきで操作した。
「”青燐”、”緑莱” 起動正常、左舷ハッチ展開、射出!」
「はやせ」のハッチから、青と緑の二機の光武が射出されて、
桜田と友之の二人の前に着地した。
光武といっても、
白蓮と同じ、両肩に翼のある、手足の長い細身の機体だ。
だが、白蓮程、異様な雰囲気は無い。
両機にはパイロットのDNAパターンが埋め込まれ、高性能なAIによって
コントロールを支配される。基本動作だけならパイロット無しでも
動けるが、この2機はパイロットの高い「霊力」によって
その真価を十分に引き出される。「霊力」は精神力の一種で、
これを力とし、兵器に応用することが、この世界ではさかんに
行われて来たのである。そして古来より、
「降魔」に打ち勝てるのは高い霊力とされていた。
「ところで、あいつの新型って武装が十分じゃないって言ってたっけ」
コクピットに乗り込んだ桜田が友之に通信を入れた。
「うん。対地攻撃用武器が全然搭載されてないし、制空水平ミサイルがあるけど
そんなにあてにならないよ・・・・・・・第一、敵が地上にはりついて暴れてるんじゃ、
全然使えないし、光刀ぐらいでしかダメージを与えられない」
「げ。ほとんどそれじゃ丸腰同然・・・・・・・」
桜田の脳裏にあの一○九号機の最期が浮かんでくる。
国民の命が脅かされるなら、それを守るのが帝国軍人の義務でもあるの!
あの人みたいに・・・・
「あのバカ・・・・・だから軍人ってのは・・・」
桜田は操縦桿を握り締めた。
「”青燐”、SERAPH SYSTEM 起動、発進!」
青燐はウィングバインダーを展開させて飛翔した。
バーニアから吹き出された噴煙が地表に円を
何層も描いた。
「うひゃーしょっぱなから激ラヴ・・・・」
友之もぼやきながら発進した。