ミュンヘン大冒険編

 

はてさて、何から書けばいいのやら。
これは私がミュンヘンにおいて実感した
「願って信じて行動すればどんなことでもかなう」
という実証の記録である。

それは、2002年ワールドカップの
ドイツ対サウジの試合を見ていた時のこと。
いきなり先頭をきって入って来たいかつい顔のGKに
びっくりしたものだ。それがすべての始まり。

8-0とバリバリと大人気なく圧勝するドイツ代表にも
笑えるやらビックリするやら。気がついたら私の目はドイツ代表、
そしてオリバー・カーンという選手に釘づけになっていき、
アイルランド戦後のカーンキャプテンの厳しさ(2時間説教)に笑い、
チラベルトとの夢の対決に感動し、アメリカ戦のスーパーセーブ
に酔いしれ、韓国戦の盛り上がりに熱くなった。
そして決勝戦時の彼の靭帯断裂を知った時
本当に涙が流れた。

そしてワールドカップが終わって私は日常に戻った。(といっても期間中もテレビ観戦だけで働いてたけどね)カーンやドイツ代表の
黙々としたドマジメプレイを見た後だったから、私も負けずにいっぱい働こう
と自分に言い聞かせつつも仕事が終わって自宅に帰れば
ついカーンの情報を探してネットの海をうろうろしてしまう―
そんな日々が続いた。
 そして夏休みが近づき、交替で休みを取ることになった。私はどこからともなく
「ドイツに行こうかな」と思った。なに、だいじょうぶ。前職で色々と出張行かされたり、
海外生活が長かったおかげで、身についた私の教訓は「世界はみんなおなじ」という
ことだったから。どこに行っても感じることは、みんなその国で一生懸命それなりに生きて
いるということだから。だから、出発前に色々調べて、準備を整えた。インターネットで予約
ができる小さなミュンヘンのホテルに予約のEメールを英語で入れたら、部屋をとっておきます、と親切なメールも来た。以下、日にちを追って記す。


 

8/3
実家がシンガポールにあるのでシンガポール経由の便を選んでおいたので、
まずシンガポールへ渡る。といっても7時間程度しかいられない。
「たぶんカーンを生で見るのはムリだろうけど、たくさんミュンヘン見て
雰囲気だけでも見てくるよ」と両親が準備してくれたスキヤキをつつきながら
話した。「ワールドカップって凄いのねえ。日本でやれてよかったね」
と両親は私のワールドカップみやげ話を聞き入ってくれ、私が持って来た
ワールドカップの日本戦のビデオを喜んでくれた。半分心配させつつもシンガポールを後にする。


 

8/4


機内でドでかいドイツ人のおっさんと相席になりトイレとかに立つのに一苦労。
でも私を通すためにわざわざ通路に立ってくれる気さくな人だった。
 早朝にフランクフルトに着く。とりあえずミュンヘンに行かなければならないので
列車の絵が書いてある看板にしたがって歩く。ガイドブックによるとここからICE(ドイツの新幹線)
が発着しているはず。インフォメーションカウンターで確認してチケット売り場へ。ビザカードが使えるのでまず一安心。26歳以下かどうか聞いてきたが、どうやら26歳以下は割引らしい。私は26ジャストなのであと一歩で割引を逃した。とりあえずミュンヘン行き2等席をゲット。
プラットホームは3階にあって、いきなり広くて近代的なホームがひらけて、びっくりする。時間をカウンターのお姉さんが書いていてくれたのに指定ホームに来ていた列車にわけもわからず乗ってしまった。なんのアナウンスもなくスーっと走り出す列車。イスに置いてあるブックレットを
見るとどうやら間違った列車に乗ってしまったようだ。一瞬びびったが検札に来た係員の人に「ミュンヘンに行くなら次のマンハイムで乗り換えればいいんだよ」と教えられなんとか落ち着く。
目的地までの切符さえあればどんなに乗り換えても大丈夫のようだ。マンハイムで下車して、次のICEがどこのプラットフォームに着くのか自信なくてウロウロしていたら、スチュワーデスらしき制服のきれいなお姉さんが"Need help?"と助け舟を出してくれた。英語が話せる人でよかった。ミュンヘンに行きたいと伝えたら、次のICEの便を丁寧に教えてくれて、時刻表の小さいやつみたいのも渡してくれた。お礼を言って、ICEを待つことにする。
 ようやくミュンヘン行きのICEに乗れた。窓にはスタジオジブリの美術スタッフが泣いて喜びそうなコロコロとした木々がパッチワーク状の田園にぴょこぴょこ生えているメルヘンチックな風景がつづく。シュトゥットガルトに着くと砂糖菓子みたいなかわいい建物が山の上まで続いていた。ドイツの伝統的建物の多さに感動すると共に、「でも、こんだけ古い建物が残って伝統を守っていかなきゃならんのなら、若い世代は鬱屈したもんがタマってるかもなー」と時々表われる、さびれた建物に地元ヤンキーが描きなぐったスプレーのラクガキの多さを見て思った。
 フランクフルトから3時間弱、ついにミュンヘン到着。とりあえずホテルのHPからプリントアウトした住所と地図を持ってタクシーに乗ってみる。地図を見たら理解してくれて、あっさりホテルに到着。ほんっとにちっちゃいホテルだけど、かわいい家具でシャワールームも付いていて、いい感じかも。お値段は一泊64ユーロ、朝食つき。
 中央駅から一駅の利便のいい立地で、早速地下鉄Uバーンに乗ってみる。路線図さえ持っていれば結構、すぐに乗りこなせる。郊外でなければ片道券(Einzelfahrkarte)はゾーン1の2ユーロで均一(機械の一番左上のボタンを押してお金を投入すればいい)。改札はなく、券を入り口で小さな機械に投入し、駅名と時刻を刻印する。これをしないともし、検札係が来た時に罰金をとられる。
 とりあえず、中心地の目抜き通り、マリエンプラッツで下車。いきなり市庁舎のすごい仕掛け時計の建物が見える。(あの、Bild誌がパロってカーンやロナウドを配置していた仕掛け時計だ)昼食がまだだったので屋台のホットドッグをかじる。今日はレアルマドリード百周年記念トーナメントで、マドリードにおいてレアルマドリードとバイヤンFCの試合がある日だ。どうなっているのか、まだ始まっていないのか…そう思いながらマリエンプラッツ周辺をウロウロした。日曜日で、ホントに店という店がお休みで、開いているのはマクドナルドやカフェくらい。殆どゴーストタウンで、「私は何をやってんだ、こんなとこで…」とふと孤独になった。しかし、ふとゴミ箱に目をやると、なぜか「攻殻機動隊」の草薙素子のポスターがなぜかペタペタと貼ってあった。士郎正宗せんせー、あなたの漫画、ミュンヘンでも人気みたいですよ。世界は広大だわ。ミュンヘンで見つけたちいさな日本のものに勇気づけられ、私はまた少し元気を取り戻した。…こうなったら、バイヤンFCのクラブハウスにこれから下見に行こう。急にそう思いたって、タクシーの運ちゃんにバイヤンFCの公式サイトからプリントアウトした紙をつきつけて、「この住所に行けますか?」と英語で聞いてみたら、笑顔で「大丈夫、行けるよ」と応えてくれた。タクシーの運ちゃんには、英語が通じる。ホッとしてタクシーに乗り込む。「地下鉄で行くにはどう行けばいいの?」と尋ねると、丁寧にこれが駅で、こっからこうやって…と教えながら走ってくれた。駅名のメモもハンドルが休まる時にメモって渡してくれた。「Wittersteinplatz」、それがその駅の名前。そしてついに、バイヤンFCのクラブハウスに着いた。公式HPやドイツのストリーミングTVで見たまんまの建物だ。実際に見ると写真よりこぢんまりとしていて、閑静な住宅街のど真ん中にあった。「こんな静かな所で練習してるのかぁ。さすがは質実剛健ドイツ人」と感心した。ちょうどちびっこサッカーのフットサルイベントをやっていた。子供達の目は輝いていてこちらも元気をもらった。ちびっこたちは私の日本のデジカメをほぉ〜という感じで見入っていた。少しまた日本の技術力を誇らしく思った。
 帰りに雨が降って来て、傘の持ち合わせがなかった私は、たまらず小さなレストランにかけこんで、食事を取ることにした。バイヤンFCと同じ通りにあるレストランで、名前は「ポセイドン」。メニューは見事にドイツ語。わけわからんので「本日のおすすめ」みたいな、魚の絵が書かれたものを注文したら、出て来たのはなぜかチキンのステーキ。つけあわせのポテトもパンも「うらぁ、好きなだけ食え!」と物凄い勢いの量だ。もう殆どグロッキー直前のフードファイター状態になってしまったが珍しい日本人の客に店長が「おいしい?」みたいな感じでニコニコと話かけてくれるので、なんとかがんばって失礼にならない程度に時間をかけて食いきった。
時間をかけて食ったおかげで、雨も小雨になっていた。よく考えればかなり大冒険の一日だったので、ホテルでシャワーを浴びたら泥のように眠りこんだ。


クラブハウス。でも一般人はこの入り口から入っちゃだめ。この横の車用の入り口から入ってネ

 



 
8/5
 ミュンヘンの朝は寒い。CNNをテレビでつけてみると、なんとバイヤンFCがレアルマドリードに勝利との一報が!!いやったぁ〜と小躍りでもしたい気分。とりあえずホテルの朝食をすませ、またマリエンプラッツに向かうべく地下鉄に乗ると、通勤前のお兄さんがBild誌を広げていて、そこに見事に横っとびしてセービングしているカーンの写真が!こ、これは買わないとぉ〜とマリエンプラッツのキオスクで私も購入。バイヤンFC公式サイトでもプッシュしていたハサン(通称ブラッツォ)とバラックが得点した模様。やったネ!…しかし相手の百周年記念の試合なのに勝ってしまうなんて、相変わらず雰囲気よまねーなぁ…と笑えてしまった。
 月曜なので店が開いている。ちうことで、ESPRITが半額セールだったのでちょい買い物。そのあと、マリエンプラッツのもう一つの有名な建物、聖母教会に行ってみる。丁度お祈りの時間で、熱心に祈りを捧げるシスターのおばあさんに感動したので、私もお賽銭みたいな感じで置かれているロウソクを50セントで買い、手を組んでお祈りしてみた。「カーンに会えますように」と。…これが、私の運命を大きく変えることになるのである。
 中央駅にネットカフェがあったのを思い出して、そこでバイヤンFCの公式サイトをチェックしてみると、なんと昼にあのクラブハウスにチームがレアルマドリード戦のトロフィーを持って凱旋していたのだという。なんてこったぁ!!しかしめげずに読み進むとチームスケジュールが更新されていた。な、な、なんとあんな激しい試合したくせに、もう8/7-8/8とトレーニングがあるという。さすが鬼特訓好きドイチュチーム。これを見に行かねばと心に誓う。あと、なんとかどこかでレアルマドリードとバイヤンFCの試合が見られないかと、スポーツバーを検索して英語翻訳してみると、マリオットホテルのChampionというスポーツバーが遅くまでやっているようだ。とりあえず夜も遅いのでタクシーで行ってみたらホントにあって、で、そこでバッチリと試合も見られた。相手にぶつかってクラクラしながらもボールを抱きしめつづけて立っているカーンを見てまた感動した。(で、ちょっとどころか激かわいかった)。ジダンがさびしげなアタマでさびしげに走ってた。さすがは世界級のプロチームのぶつかりあい、すっげえ試合だった。バラックがPKをキッチリ入れて、ハサン(ブラッツォ)がゴールを決めた。カーンの1失点はPKなのでしょうがない。それ以外はマジで鉄壁の守りだった。全治6週間のケガを抱えているなんて微塵も感じさせなかった。凄すぎる。試合を見ながら粘ってカクテルやジントニックを飲んでいるとすっかり夜中。大事をとってまたタクシーで帰る。ホテルの受付のおじさんが心配そうな顔で私の部屋のキーを机に置いて待っていた。悪いことしちゃったなあ。

←レアルマドリード戦勝利のBild記事



8/6
練習日程もひかえたことだし、今日はみっちり観光だ。
朝はオリンピックスタジアムを散歩。ちょうどユーロ陸上選手権で盛り上がっていた。しかし、中に入って観戦していたら一日過ぎてしまうので断念。
 午後はオデオンプラッツやウニベルシダードなど、大学や伝統的な建物が多い通りを散策。皇帝陛下!デカイ建物たてすぎですぅ!
とにかく歩きゃ伝統的な皇帝ゆかりの建物にぶちあたってもーなにがなんだか。とりあえずミュンヘンはウィルヘルム皇帝のお膝元の街なんだなあと思った。
オデオン広場ではなにやら学生の自転車集団がアジっていた。英語だったので聞きとれたが、警官が射殺されただのワールドカップがどうだの、パレスチナ問題がどうだの、話があちこちに飛んでいて何を言いたいのかわからんかったがエネルギーだけは伝わった。あと、とりあえず美術館に行きたいなあとぐるぐる回っていると、彫刻美術館の前の小さな美術館があったので入ってみた。これでも絵を描くのが好きな絵描きバカのはしくれ、やっぱこういうのは見ないとな。で、入ってみたら一階の展示はワケわからん近代美術。カベ一面に緑をぬりたくったのやらヤンキーがふざけてスプレーしたようなのやらで「き、きっと常人には図りしれない激情がほとばしっているのに違いないよ…」と自分で自分を納得させつつ閲覧。二階に行くと私が好きな印象派の素朴な色使いの絵がたくさん見られてよかった。
 歩き疲れたところで、ネットで調べてミュンヘン在住の日本人さんが推薦していたレストランに行ってみる。居酒屋みたいなベンチスタイルのビヤホールで、孤独な旅人も相席にしてくれるので寂しくない。私の隣はフランス人のカップル、向かいは気さくなドイツ人の夫婦だった。ビールが来るとそのドイツ夫婦がどんどん音頭をとって乾杯してくれ、おじさんは乾杯するたび私にむかって「SAYONARA!」と言ってニコニコ笑っていた。な、なんか勘違いしてるみたいだがまあいいか。隣のフランス人のカップルは英語が通じて、おにーさんの方は絵を描くのが好きで、私はドラゴンボールの悟空を描いて、おにーさんは柳沢教授みたいなフランスの漫画を描いてイラスト交流した。おにーさんは日本文学にも詳しく、村上春樹や村上龍、夏目漱石も読んでいた。読んだことあるのは「限りなく透明に近いブルー」「羊を巡る冒険」「コインロッカーベイビーズ」「ねじまき鳥クロニクル」「我輩は猫である」など、たくさん知っていてびっくりした。私もダブル村上が好きだったので、いっぱい色々な話をした。ほろ酔い気分でホテルに帰ったが、明日に向けてシャワーを浴び、万が一の機会にと持って来ていたレターセットと筆記用具を広げ、カーンへの手紙を書いた。書いている意味がわからなくてもなんとか楽しめるよう、たれぱんだのかわいい便箋にしておいた。英語ではあるが、日本人がどれだけ勇気と元気をもらったか、そして感動したか、あと、あの日本の名記事「彼に感動を与えてくれてありがとうと言うのはたやすい。むしろ苦しみを与えてくれてありがとうと言いたい」という文は見事に私達の気持ちを代弁していること、日本も色々と不況で苦しいけど、彼のすさまじい努力から滲み出るプレーを見て熱心に勉強したり働いたりしようとする意欲が湧いて来ている人が本当に本当に沢山いること、生きるためには努力して努力して働いていくことの繰り返し、それがただ一つの答えなんだ、とあらためて彼のプレーから教えられたことなど、それなりに自分の言葉で沢山書いた。そしてもしこの先、日本と試合することがあれば彼らにあなた達のプレーを学ばせてください、日本のチームはとても若く、意欲的に経験を貪る熱心なチームです。日本人はなんでも一生懸命学ぼうとします。それが、私達の誇りでもありますから…とも書いておいた。最後に姿勢を正して日本から持って来た筆ペンで心を落ちつかせて「必勝祈願」と一筆書いて字の意味を英語で書いて、とりあえず内容が読めない時のためにカーンのイラストも描いて、封をした。直接渡せる機会が巡ってこなければバイヤンFCのファンレターの宛先に郵便局で投函すればいいや、と思いながら。
そうやって緊張してろくに眠れずに夜を過ごした。


 

8/7

 朝、到着したオリー。きっかり9:20くらいにくるよ。オーラ全開


朝、WitterSteinPlatz駅に着いて歩いていると、クラブハウスは下見に行った時と打ってかわって、すずなりの人だかりが出来ていた。…やっぱりここで練習が行われるのは本当なんだ。と緊張してきた。すると黒いアウディがバーっと通りすぎて、みんな口々に「ヒッツー!!」と言っている。な、なんと窓の中を見るとヒッツ監督その人じゃないか!こりゃ幸先がいいわい、と思ったら、しばらくするとまた黒のピカピカのアウディが入り口で止まり、入り口のちびっこにサインをしている人影が見えた。そして…「オリー!!!」の大歓声。(オ、オリー??)いきなりのカーンの愛称の大合唱に窓の中を目を凝らして見ると、確かに確かにオリバー・カーンその人だった!車から降りたカーン(以下、ミュンヘンッ子にならってオリーと呼称)はパリっとノリのきいていそうな水色の立派なワイシャツを来ていて、遠くからだけどめっちゃかっこよかった。
 みんなが着替えて出て来るまで大分かかるので、その間に場所取り。…といってもみんなバラックらストライカーの練習にご執心のようで、ゴール裏はネット一枚へだてただけでそんなに人もいなくて、もろ特等席。しばらくするとボールを山ほど背負った黒ジャージの一団が登場。オ、オ、オリーがこっちに向かって走ってくる〜!っていうかウォーミングアップしている〜!「う、うそでしょ??」震える手でデジカメのシャッターを押す。しばらくして私の目の前いっぱいにオリーの背中が見えて、ゼップ・マイヤーコーチと黙々とキャッチングの練習を始めた。ボールをキャッチするたびドカドカと凄い音がして、あのテディベアキャッチみたいに地面に横ばいになってボールを抱きしめる練習が始まった。ボールをキャッチするたび、「ぷふ〜っ」って息づかいがマジで近くに聞こえる。オリーは黒ジャージなのにゼップコーチは半ズボン姿で大ハッスルしていて、つい内海賢治(センベエさん)声を吹き替えにあてたくなるくらいカワイイ。ちょっとでもオリーがシュートを許すと、「こりゃ!何をやっとるんじゃオリー!」みたいな激が飛ぶ。ゼップはなにげに鬼コーチかもしんない。二人の間にはケガのことなんかハナっからアタマになく、日々の日課を黙々とこなすのに集中しているように見えた。あと、バーの上を陸上選手のように背面飛びしながらキャッチする忍者のような特訓もしていた。ステファンら後輩GKに比べ、オリーは自らバーの高さを上げて、そのバーを軽々と飛び越えてキャッチできる。まさに空飛ぶ33歳。あのスーパーセーブはこういう日々のたゆまぬ努力の成果なんだなあとまた感心。そして、後輩のステファンに「ほら、こうやって飛ぶんだよ」と熱心に指導していて、ステファンが成功すると「そうそう!」みたいな感じで笑顔で見守っていた。いやはや、こんな2人の名GKに囲まれて毎日特訓受けているようじゃ、ステファンもそのうちスーパー守護神になりそうだ。ステファンはファンに呼び止められると、ネットごしにサインしてまわっていた。がんばれステファン!間近で見ると笑顔の素敵なさわやかにーちゃんでした。
 しばらくするとミニゲームが始まった。バラックの動きは速すぎ!速すぎて素人のカメラでは全然とれないであります!無念!となりの小学生くらいの女の子が「パパー、バラック!」と逐一報告していた。そのうちバラックとオリーの夢の対決シーンもあったりして(で、オリーが止めた)、拍手が沸き起こった。
 興奮のうちに午前トレが終了。すっかり12時をまわっているのに、なんつースタミナと集中力なんだろう。見てるこっちも空腹なんか気にしなかったけど。クラブハウスに備えつけになっているレストランでさっぱり英語が通じず、コーラだけなんとか通じてコーラを寂しく飲む。午後トレは4時からなのでファンショップで買い物。服のたぐいは、女性ならお子様Lサイズで十分なサイズ。マフラーとレインパーカー、Tシャツ(お子様サイズ)とオリーのポスターを買う。
 そして午後トレが始まったが、とうにデジカメのSDカードは限界だった。しかたないのでこうなったら最後の手段ということでスケッチしてみる。そのうち雨が降って来て、かなり寒くなった。(この日はちゃんと傘を持って来ていたので無事だった)選手達は雨をものともせず練習していた。オリーは赤と白のキュートなジャージに着替えていて、こっちも写真に納めたかったが後悔先にたたず…オリーはもんのすごいパンチングの特訓をしていて、すっごい音がする。オリーのパンチングは打点が高くて、フェンスを飛び越えることもしばしば。それをワーっと子供達が取りに行くのがほほえましい。あとは、三人がかりで三方向から凄まじい勢いでシュートが来る拷問みてーな練習や(これをオリーは止めちゃうんだよ)セットプレーを防ぐ練習などをこなしていた。横っとび炸裂ですごすぎ。かわいかったのは、オリーがシュートする役での練習の時、オリーがシュートすると歓声が上がるもんだから、おどけてあの親指つきたててバンザイするオリー流ヨロコビのポーズをとってたのがかわいかった。しかし、せっかくセットした髪もぴったり貼り付いてオリーはずぶ濡れになっていた。大変だろうなあ。



こりゃ!いくぞいオリー! 師弟の燃える特訓


マジで夢でも見てるんじゃないだろうな…しかし事実なんだよ

 

 


 練習が終わると、選手のサインがもらえるチャンス。みんなずぶ濡れだったのにビシっとおしゃれをして出て来て感心。バラックもビシっとレザージャケットを着こなしていてかなりかっこいい!けど、この日はバラックは最前列の集団にしかサインしなかったのでサインは貰えず。(次の日もらえた)もう一方のエースストライカーでブラジル人のエルバーはめちゃくちゃフレンドリーでニコォっと白い歯を見せながらいつまでもサインに応じてくれる。この日もらったサインはショル、ハーグリーブス、エルバー、ヒッツ監督、ステファン、などなど。そしてとっておきのあのお人のサイン。それにしてもみんなイイ人たちだった。ファンも監督も選手も。ファンの人は背の低い私をあわれんでか、替わりにノートを拾い上げて選手のところに届けてくれて、サインもらえると「よかったね!」って笑いかけてくれる。ヒッツ監督は、帰ろうとしていたのをわざわざやめて、車イスの子にサインして一緒に写真撮影したりしていた。そして、あたりも暗くなりかけて、気温もぐんぐん下がって、オリーを待つ小山の人だかりだけが残った。時々、私の隣の恰幅のいいお母さんが「オリーまだぁ?」と係の人に聞いて、係員の人は「さぁてねぇ」みたいにおどけてみせて、ほのぼの。係員の人が出入りするたび「オリー??」とみんなどよめくもんだから、ついには係のおっさん、オリーの髪型をまねて出て来たりして笑いをとっていた。
 どれだけの時間が過ぎたか、おもむろに係の人が柵をはずしてくれた。そして…駐車場に直行しようとするオリーがついに出て来た!ものすごい立派な紺に白の細いストライブが入ったスーツをビシっと着こなし、さっきの雨はどこへやら、髪もきれいにセットされていて、小脇には娘さんのためなのかレゴブロックの箱を抱えていた。「オリー!!オートグラフビッテ!!(オリー、サインちょうだい)」と物凄い勢いでちびっこ達がオリーを止めてくれた。「き、君たち荷物置くから待ちなさい…」みたいな感じでオリーはちびっこ達をなだめていた。その時にもみくちゃにされた反動で私はオリーのスーツに触れてしまった。(ちびっこは凄い勢いでつかみまくっていたが)すんごいつるつるの高級スーツだ。そしてもろ目と鼻の先で見るオリーはほんとにデカかった。こっちまでちびっこになった気分。あと、後日、空港の免税店香水コーナーで確認したがHUGO BOSSの清潔感のある香水をつけていた…ような気がする。
 で、黒のアウディに乗り込んで車を出すと、窓からサインに応じてくれた。手紙を渡すと「ん?」という感じで視線を落とし、封筒をしげしげと眺めまわして(ここらへんの仕草がなんか白熊さんみたいでめっちゃかわいい)「For me?」とおもいっきしドイツなまりの英語で尋ねてくれた。「ヤー(ドイツ語のYes)、for you!」と応えたら、そっと封筒をしまってくれ、車を発進させて帰って行った。(そしてなおもちびっこ達は車を追いかけて見送っていた。)
 帰りに駅まで歩いていても、なんだかもう何が何やらわからないくらい嬉しかった。私は夢でも見てるのか?ウソじゃないよな?くりかえす、これは妄想ではない!くりかえす、これは妄想でもなんでもない!まぎれもなく現実に起こったことなんだ!!…そうか、きっと聖母教会のご利益かもしれない!これからまた聖母教会に行ってお礼を言わなきゃ。ふと見ると、あのヒッツ監督にサインをもらって写真をとっていた車椅子の女の子がいた。私が「よかったね」みたいな感じで笑いかけてちょっと会釈すると、かわいい笑顔が帰って来た。やっぱ笑顔に言葉はいらないなぁ。
 マリエンプラッツで下車して、もう閉館時間だったが聖母教会の前の広場で、あまり人影が無いのを確認すると、手を組んで(本当にありがとうございました。私の願いはかないましたから、次はあのバイヤンFCのみんなに勝利の祝福をお与えください)とお礼のお祈りをした。地元の神様は旅人に優しかった。かなりやさぐれたこともあったけど、少しでもいいことをしようと思った。
 夕食は、ミュンヘン在住者さんオススメのレストランその2でとってみた。ここでも相席にしてくれて、上品そうな夫婦と一緒だった。ご夫婦は物凄い量のステーキを食していた。違う、絶対胃袋の構成が日本人と違う。言葉は通じないけど笑顔を交わして乾杯した。

 


カーンのサイン。ノートをじっと凝視してひとつひとつ丁寧にサインした姿が印象的。


 

8/8
今日はホテルをチェックアウトしてその日のうちにフランクフルトに行かなきゃならない。でも、今日も十時から午前中のみトレーニングがある。…そういえば中央駅にコインロッカーがあったな。よっしゃ、朝早くチェックアウトして荷物預けて直行じゃ!チェックアウトしてホテルのおじさんにお礼を言うと、笑顔で見送ってくれた。
 中央駅で荷物を預け、昨日マリエンプラッツで買っておいたインスタントカメラ2コもしっかりカバンに入れて、もはや完全にマスターしたクラブハウスへの道を下って到着しようとすると、なんと丁度、オリーの車が遮断機の前に止まった所だった。「え?う?うわ?」と私は大慌てでカメラを探した。オリーが窓を開けておもいっきり目の前にいた。そして、日本人の女で一人で来てるのなんてまさに私だけだったので覚えてたのか、手紙を読んだのかは到底判らないが、遮断機のボタンを押そうとするポーズのままじーっとさりげなく、ファンや私の撮影が終わるまで待っていてくれた。その顔はまたもう熊のぬいぐるみみたいでかわいい目だった。決して愛想笑いも何もしない。けれどじーっとしてるだけで情の厚さが伝わって来た。今でも私はあの顔を忘れることができない。実は、動転していてこの時の写真が取れているかわからない。(現像中)でも、撮れてなくてもかまわない。私は絶対、忘れないから。
 練習が始まると、ゼップコーチが昨日にもましてハッスルしていた。オリー達がウォーミングアップしている間、ファンにニコニコ笑いかけて「ほりゃ!わしゃまだまだいけるぞい!」とリフティングを見事に決めたかと思うと、ボールをバーに当てて「とりゃあ〜!」とダイビングヘッドシュート!「ひゅ〜〜う!」とゴール裏に陣どっているマニアックなファンから歓声が上がる。もはやゴール裏陣営には一種の連帯感が。そして、ゼップコーチはニコニコしながら片手で(!)自らゴールをずりずりと移動して、ファンの見えやすい所に移動してくれた。つうか私の目の前だった。うひゃあ、どこまで私のラッキーは続くのだ?そして、またいつも通りのゼップコーチとオリーの黙々とした特訓が始まった。そして、オリーが蹴る番になった時、なんかおもいっきりシュートをふかして、私の頭上のバーにガツーンと当たった。「ひゃ!な、なんかオリー怒ってんのかな〜あんな手紙なんか私書箱通せよ!とか思ってたりして日本のカーンファンのみんなゴメンよ悪い印象持たせてしまったようなら切腹しますでござるあわわ」とビクビクしていたら、ムスーっとしてるようでもおもいっきり近くまでボールを拾いに来て、絶好のシャッターチャンスを作ってくれたのである。他の方でも、方々に蹴散らしたボールを黙々と拾いに行くオリー。…きっとこれがオリーの最大級のファンサービスなのかもしれない。なんと不器用で寡黙で情の深い選手なんだろう。日本のカーンファンのみなさん、彼はやっぱり偉大な人でした。生で見ると本当に実感できる。そして、彼は霊長類最強とかゴリラとか拳王とかサイコクラッシャーとかそんなんじゃないんだって思える。一人のバカすぎるほどマジメな超ド級の努力家のサッカー選手で、地元のヒーローで、世界のスーパースターで、そしてやっぱりちょっと天然ボケ入った不器用な一人の人間なんだと。
 後半はやはりミニゲーム。エルバーがカウンターをかけると、オリーがおもいっきり前に出るあの威圧プレーを開始。やはり味方でもびびるのか、たまらずエルバーがイェレミンスにバックパス。すると「うりゃ!つっかまえたぞイェレミンス〜!」といった感じでオリーがイェレミンスにじゃれついて笑いをとっていた。エルバーがまたもシュートをはずしたりすると、「ハッハッハ!まだまだだなエルバー!」みたいな感じでオリーは大笑いしていた。
  練習が終わると、またもサインのチャンス。相変わらずエルバーは最後の一人までサインしてまわっていた。ほんっとエライよ…今日のゲットはダイスラー、ハサン(通称ブラッツォ)、そしてバラック!などなど。ダイスラーとトルステンは一緒に出て来て「オレのファンだよぅ」「いやいやオレだって」と仲よさげに言い合ってサインしてまわっていた。こういう所、欧州のサカー選手は余裕というものを知ってるなあ。リンケはサインは貰えなかったけどニコニコしながらファンの声援に応えていた。イェレミンスにも「W杯決勝のケガだいじょぶだったんですかー」ぐらい声かけたかったなあ…ああ、ドイツ語できたらなあ…今日のオリーは結構足早に帰っていった。私はもう充分、昨日で目的は果たしていたし、すぐに始まるブンデス開幕戦で色々と集中したいだろうから全然構わなかったけど、もっと地元のちびっこと一緒に声援送りたかったなぁ。
 後ろ髪引かれる思いで中央駅に戻って荷物を取り、ICEで一路フランクフルトへ。うああ、帰りたくないよ…でも、日本に少しでも早く帰ってこの感動を一人でも多くの人に伝えたいという気持で一杯になっていた。フランクフルト中央駅に着くとすっかり夕方。カフェテリアみたいなオカズを選べる所で夕飯を取ると、またしても「うら、好きなだけ食え!」とばかりに山ほどマッシュポテトを盛ってくれた。おかげで疲れた体にお腹いっぱい食べられて、ホテルでぐっすり寝た。


8/9-8/10
時差の関係で、まる一日フランクフルト-シンガポールまで飛行機。フランクフルト空港の書店でオリーの写真集を発見!うわ、これ探してたんだよ!あと、ヒッツ監督が仁王立ちしてるkicker誌なども購入。「ふふ、こんなコワーイ写真ばかりだけどイイ人なんだもんね」とついヒッツ監督の写真を見ると笑えてしまう。しかし、Bildでもそうだったけどドイツではベッケンバウアーの隠し子騒動で持ちきりである。ベッケンバウアーはバイヤンFCのエライさんだし、あのくそまじめな「女も〜酒も〜麻薬も賭けも他人の事〜♪」なオリーはベッケンバウアーをどう見てるんだろうなぁ。ますます亀裂が入ってたりして…しかしなんか想像すると笑える。
 あと、両親のみやげと私用に、オリーの影響でHugo Bossの香水を買ってみる。いやまあ、いいじゃないかよ〜…
 長ーーーーい時間をかけ、シンガポールに到着。父が迎えに来てくれていたので「父(仮称)!!聞いて聞いて!」と私は息を切って話しはじめた。父も母も「目的果たせてよかったなぁ」と喜んでいた。香水をあげたら「父(仮称)もカーンみたいにムスっとしなきゃいかんな」と笑っていた。母はオリーの写真集を見てすっかり「あら、かわいい」と気に入っていた。真っ先に母が見つけてつっこんだのは、みんな手持ち花火に火をつけてるのに一人だけポケーっと花火に火をつけられずに見つめてるオリーの天然ボケ写真だった。「まさにコレ、あんたが言ってた"For me?"って顔じゃない?」流石は母、すばやい。
 なんだかんだでまた、シンガポールには5時間しかいられない。母はおにぎりとからあげを持たせてくれた。私がドイツにいる間、父と母は私のあげた日本戦のビデオを見て大興奮していたらしい。シンガポールではトルシエとかのインタビューは全然、訳してくれなかったのだそうだ。「やっぱり日本の盛り上がりは凄かった…」と昨日のことのように盛り上がってくれたようで、よかったよかった。
 シンガポールを発ち、ついに日本に帰国。友人に、ネットに、沢山伝えなきゃならないな。でもみんな信じるかな?でも一番この旅で判ったのはオリーも言っていた「信じて信じて信じぬくから勝てるんだ」といったような、「できるって信じて行動すればきっと願いはかなう」という当たり前のようで忘れている真実だった。

8/11
旅の疲れなんかちっとも感じなかった。あんなタフな連中を見た後じゃ、疲れたなんて言ってられっかよ。心配だったのはブンデス開幕戦の対ボルシア・ドルトムント戦の結果だったが、ネット上に飛びこんだのは好セーブ連発で無失点0-0に押さえて上機嫌のオリーの姿だった。引き分けでも上機嫌でボールにキスまでしてたらしい。よかった。本当によかった。まだブンデスリーガは始まったばっかりだ。これからも黙々と試合、練習、試合、練習を彼等は繰り返していくだろう。当たり前のことなんだが、どんなことでも黙々と努力していくしかないんだ。それが生きて行くためのたった一つの答えなんだもんな。だから私も黙々と働くよ。私はちょっとバイヤンFCスポンサーの企業とちびっとだけ関わりあって、ドイツに向かう製品も数多く見守っている。だから必死になって働くよ。ドイツ語も勉強して、今度は練習だけじゃなくて試合も見に行くよ。そしてお世話になったドイツに沢山恩返ししなきゃならないんだ。そして私はまた日常に帰る。またドイツに行くために。



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8/18の日記にこれの後日談追加。また何かあれば日記コンテンツで更新します。